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【感想】劇団四季ミュージカル「ノートルダムの鐘」が面白い理由&つまらない理由

更新日:





劇団四季で公演中のミュージカル「ノートルダムの鐘」の感想についてお届けします!

「notre dame musical」の画像検索結果



「ノートルダムの鐘」劇評を書こうとおもったきっかけ

今年で演劇に携わり10年以上たちます。

このサイトではあまり日本の演劇について触れてきませんでした。

それが、なぜ久々に劇評を書こうと思ったのか?

理由は鑑賞後の「ん?これそんなに良い舞台か?」という心に何か解せないものが残ったからです。

正直にいうと、あまり面白いと思わなかったからです。

 

なぜこんなにSNSで絶賛されているの?

さらに言えば、それなのにソーシャルメディアやブログで絶賛されているからです。

インターネットで「ノートルダムの鐘」の劇評や、Twitterを見ればたくさんの感想が書かれていますが、「ノートルダムの鐘」「つまらない」と検索しても全くでてこない。

これ、出てこないのおかしくないか?と思いつつ、今までを悶々と過ごしてきました。

 

そこで今回は、

 

スコット演出版ミュージカル「ノートルダムの鐘」が面白い理由&つまらない理由

 

と題し、決して世間の「ノートルダムの鐘」絶賛ブームに流されない本物の劇評をお届けしたいと思います。

 

 

このサイトの紹介

関連画像

ちなみにこのサイトで一番人気の記事が2つあります。

今は海外ドラマ「シャーロック/Sherlock

 

同じく海外ドラマ「ホームランド/Homeland

 

そしてゴールデン・グローブ賞を7部門で獲得したミュージカル映画「La La Land

 

以上の記事が時期的に上位に来ますが、

 

安定して読まれている記事のひとつが「日本人が選ぶおすすめディズニー映画ランキング」。

2つの人気記事 ①日本人が選ぶおすすめディズニー映画ランキング

【大全集】日本人のファンが選んだ!おすすめディズニー映画ランキング

ディズニー 映画 おすすめ」と検索するとたぶんトップページに登場すると思います。

日本人のディズニー人気作品を、個人的な観点ではなく、映画レビューサイトの得点から割り出したものです。

ちなみに、日本人から一番人気なディズニー作品をご存知でしょうか?

ぜひのぞいてみてください。

 

 

2つの人気記事 ①アウト・オブ・シャドウランドが面白い理由、つまらない理由

そして、同じくらいビュー数の高い記事が「アウト・オブ・シャドウランドが面白い理由、つまらない理由【ディズニーシー・新ミュージカル】」

アウト・オブ・シャドウランドが面白い理由、つまらない理由【ディズニーシー・新ミュージカル】

 

「アウト・オブ・シャドウランド」はご存知でしょうか?

 

ディズニーシーのハンガーステージで始まった新ミュージカルです。

アンジェラ・アキさんが楽曲を提供していて、たしか全曲かな?メディアでも公開時に取り上げられた30分くらいのミュージカルです。

 

これも「アウト・オブ・シャドウランド」と検索するとディズニー公式の「アウト・オブ・シャドウランド」ページの次、2番手に登場します。

「つまらない理由」と書かれているので、一見ファンからの批判をくらいそうですが、それだけ観客からの共感と支持があるということです。

今でもTwitterでよくリツイート&フォローされます。

 

私の劇評がどういう方法をとっているか気になる人はこの記事をぜひご覧ください。

ちょっとしたプロフィールも書かれています。

 

 

最近のおすすめ記事は「ミュージカル映画「雨に唄えば」"グッドモーニング"を舞台俳優がリメイク!」

ちなみに、私が最近書いた記事でおすすめなのは「ミュージカル映画「雨に唄えば」"グッドモーニング"を舞台俳優がリメイク!」

ミュージカル映画「雨に唄えば」"グッドモーニング"を舞台俳優がリメイク!

これはブロードウェイで活躍する若手俳優&ダンサー計3人が、ジーン・ケリー主演のミュージカル映画「雨に唄えば」のワンシーンをリメイクした動画を紹介する記事です。

リメイクしたのは「雨に唄えば」の『グッドモーニング』。

何がすごいって、デビー・レイノルズ役の女性の声がデビーに似ていること。クオリティも高く、本当におすすめの動画です。

 

元となった1952年「雨に唄えば」の"グッドモーニング"

 


 

劇評の意味

でも、劇評という劇評は本当に「アウト・オブ・シャドウランド」くらい。

なかなか劇評って書くのが面倒なのです。頭使いますからね。大学院生時代は逆に劇評ばかり考え、書いていました。

そして社会人になり、売れる演劇って?とそんなことばかり考えてきました。

よく思うのですが、9,000円の芝居を見て、面白くなかったということと、9,000円のゲームを買って、つまらなかったということは全く異なると思っています。

 

9,000円のつまらない芝居=?

いうなれば、9,000円の芝居がつまらなかったということは、9,000円のディナーが不味かったと似た意味になります。

舞台は消耗品なのです。

 

 

9,000円出して不味いディナーを出したお店にもう一度行こうとは思いませんよね?

 

だからこそ、ミュージカルや演劇は丁寧に作りこまないといけないのです。

 

どの舞台にも良いところと悪いところがある

一方で、どの舞台にも良いところと、悪いところがあります。

例えば、コース料理を食べてスープが不味くても、メインディッシュが美味しいこともある。

さらにいえばあまり美味しくないスープでも、新しいチャレンジをした作り方で新鮮さを楽しめる場合もある。

 

そして、たったひとつの美味しいメインディッシュのために再びレストランに訪れ、コース料理を頼むこともある。

 

どんなコース料理にも、じっくり探せば美味しいものの、いまいちなものも見つかる。

否定的なレビューも多い「アウト・オブ・シャドウランド」でも同じことが言えます。

 

このミュージカルを見たときに、私は一切面白いと思いませんでした。

しかし、面白くないと思っても、見方を考えれば面白いと思うこともあるのです。

私の視点と、たとえば外国人の視点も異なるし、小さな子供の視点もまったく異なる。

 

あらゆる面から舞台を見つめる努力をし、作品の良さを見つけてゆく。面白いと思う舞台でも、じゃあ子どもから見たら面白いのかな?と考えてみる。

 

これが、本物のレビューです。

 

 

面白いものを面白いという意味って?

面白いものを面白いということも、美味しいものを美味しいと言うように、しばしばあります。

 

でも、そういうレビューはあえて時間をとって見たいとは思わない。

 

でも実際には、「面白いものを単に面白い」と語っているだけの記事が多いからこそ、この記事が生まれたのだと思います。

 

ジプシーはジプシーだと簡単にファーストインプレッションだけで言うこともできますが、その一線を越えたところにある《真実=内面》を描くのが芸術であり、見つけ出すのがレビューの役割です。

 

ミュージカル版「ノートルダムの鐘」は、「アウト・オブ・シャドウランド」ほど、つまらない個所がはっきりと明示された舞台ではないので、今から「アウト・オブ・シャドウランド」レビューほどの切れ味を見せられるか微妙なところですが、読みたい人はぜひ読んでみてくださいね。







 

「ノートルダムの鐘」劇評

私が劇場に訪れたのは今年の1月5日(木)。マチネの回でした。

このチケット、私が予約したものではありません。

ミュージカル大ファンの相方が予約してくれたものでした。

 

ちなみに、この相方はマジでミュージカルファン。自分が知っている人で、ここまで豊かな知識と、あふれる情熱を持ったミュージカルファンはいないと思います。舞台専門ではありますが。

※ミュージカル映画ならどっこいどっこいだと思う。

まず、ミュージカルの研究を博士課程まで続けており、ミュージカルの為なら韓国、ブロードウェイまでミュージカルを観に行くほどのミュージカルフリーク。

その相方が一番好きな俳優が海宝直人さん。ということで、海宝直人さんの公演ではなかったため、私にチケットを譲ってくれたという経緯です。

※相方はすでに何回も行っています。

 

 

実は、私も学生時代ミュージカルや美術を見るために1ヶ月ヨーロッパを一人で旅したりしていました。

 

その当時一番好きだったのはコンテンポラリーダンス。コンテ好きなら絶対知っているウィリアム・フォーサイスの公演を観に行くまでにドレスデンへ弾丸ツアーしたこともあります。

 

 

 

劇場での言えない悩み

劇場での言えない悩みってありますよね?私が前にあったのは、クラシックのコンサートでした。大学生の時です。

東京文化会館の小ホール。演目まではあまり覚えていませんが、ピアノのソロコンサートでした。

すごく空気が張り詰めていました。ピアノソロコンサートって一番静かにしないといけない部類のコンサートですよね?

その中で、後ろの席から

「チク・タク・チク・タク」

と聞こえてきます。そうです。時計の音です。秒針が1秒ごとに「チク・タク・チク・タク」と進んでゆく音が私の耳を縛り付けるのです。

しかも、「時計の音どうにかしてくれませんか?」とも演奏中に言いずらい。いや、休憩中も言えません。「時計の秒針の音がうるさいんですけど...」みたいなかしこまった感じで言えばいいのですが、私の耳おかしいのでは?と疑われる可能性もありますからね。

今回隣に座った人も、鼻を1分ごとにすするのです。これもなかなか言いずらい、生理的なことだし、しかも私も鼻炎持ちで、よく鼻をすする。

こういった経験たまにありません?劇場内の人には言えない悩み事的な?

 

プラスに捉えると...

でもですね、さらにこういう話があって、気になる人が周りにいる方が、公演って覚えてたりするんですよ。マイナスから始まるから舞台が映えるのでしょうか?

こういう観客論的な研究を専門にしている人をご存知でしたらぜひ紹介してほしいものです。

ちなみに、ウィーンのムジークフェラインザールではクラシックの演奏中にアジア人がカシャカシャ写真撮影していました。もはや逆にその光景を楽しんでいた記憶があります。

 

つまり、「ノートルダムの鐘」もある意味冷静に観れたと思います。思いっきり入り込んでいたら感情に流されまくって今頃こんな記事書いていないかもしれませんね。

 

 

ミュージカル「ノートルダムの鐘」について

もうあまた記事がでているので、紹介する必要はないと思います。

1997年に公開されたディズニー映画「ノートルダムの鐘」のミュージカル版です。

 

原作の著者は「レ・ミゼラブル」のヴィクトル・ユーゴ。発表されたのは1831年。

 

その後31年後の1862年に発表されたのがウエストエンドで誕生したミュージカル「レ・ミゼラブル」です。

「les misérables musical」の画像検索結果

 

 

初演はドイツ

「ノートルダムの鐘」のミュージカル版が最初に上演されたのは1999年のドイツ。ドイツのベルリン劇場で初演を迎えたのが1999年6月5日。

その後、3年以上のロングランを記録しました。

 

すでにディズニー・ハリウッド・スタジオのプレミア劇場では1996年の6月21日から30分程度のショーが行われていました。

このショーを参考にして生まれたのがドイツ版だと考えられそうです。

 

ドイツ版は舞台&衣装デザインなどもディズニー版と同じです。

関連画像

www.beautifulengland.net

フロローの服も、エスメラルダの服もディズニーと同じで、なんだか親近感が湧きますよね。

 

一方で、アニメ版「ノートルダムの鐘」よりもトーンダウンした雰囲気で、エスメラルダが死に、そしてフロローがカジモドに殺されるという展開は、現在劇団四季で上演している内容と似ています。

カジモドが磔にされたエスメラルダを助け出し、カテドラルにエスメラルダと逃げる。鐘を直すための熱い鉛をカテドラルの上から降らす。

エスメラルダが死に、フロローがカジモドにバルコニーの端まで追い詰められ、投げ落とす。

最後はクロパンが登場し、「what makes a monster and what makes a man?」と観客に語りかけます。

現在四季で上演されているスコット・シュワルツ演出版でも、同じように「What makes a monster, and what makes a man?」とラストで語られますが、ドイツ版とは意味合いがことなってきます。

 

スコット演出版のラスト

スコット版では、女性のキャストが登場し、顔に泥を塗り、カジモドのように背骨や腰を曲げ始める。

周りのキャストも同じ行為を始める。

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そして、エンディングでは「what makes a monster and what makes a man?」と観客に語りかけると、カジモドは元の姿に戻る。その後、エスメラルダもフロローも舞台に登場する。

ドイツ版よりもメッセージ性の強い内容となっています。

 

 

ミュージカル「ノートルダムの鐘」は他にもある!

オガンキット・プレイハウス/ショーン・ケリソン演出版

2016年7月にはアメリカのオガンキット・プレイハウスでショーン・ケリソン演出版が上演。

 

 

タチカン芸術センター

2016年8月にはタチカン芸術センターで上演されています。

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つまり!ミュージカル「ノートルダムの鐘」=スコット・シュワルツ演出ではないのです。

 

たぶん、ミュージカル「ノートルダムの鐘」=スコット・シュワルツ演出という固定観念だと、スコットの演出を正確に見極めることはできないでしょう。

 

 

エスメラルダを死なせた意図

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1999年ドイツ版の翻訳家Michael Kunzeはこう語ったそうです。

「制作する段階で、小説通りにエスメラルダを最後に死なせようという流れがありました。

しかし、エスメラルダの死によって気持ちが落ちてしまうのではという懸念もありました。

実際には、ヨーロッパの人々はどうやらエスメラルダの死というエンディングにロマンチズムを感じたようです......二つの魂が最終的に一つになる。人々が泣くのは、心が動くからなのです。」

'campaigning to allow Esmeralda to die at the end, as she does in the book. There was a feeling that the audience would be depressed if Esmeralda dies. I feel that a European audience would see this as a very romantic ending ... two lost souls finally find each other. People will cry, but they'll be moved.'

泣かせる展開を生み出すためにエスメラルダを亡くしたということです。

 

 

新バージョンの演出家スコット・シュワルツの紹介

新しいバージョンの演出家は、ご覧になった人ならご存知スコット・シュワルツ。

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しかし、この作品が上演されるまでは、ブロードウェイミュージカルファンでも、スコットの名前を聞いたことある人は自信を持っていないと断言します。

 

相当なオフ・ブロードウェイマニアなら別ですが。日本にそんな稀有な人いないでしょう。

 

彼の作品をスコットの公式HPから抜き出してみました。

スコット・シュワルツ:作品一覧

●「BAT BOY: THE MUSICAL」

「BAT BOY: THE MUSICAL」の画像検索結果

アウター・クリティクス・サークル賞:オフ・ブロードウェイ最優秀作品賞受賞、最優秀演出家賞ノミネート

 

●「TICK, TICK… BOOM!」

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アウター・クリティクス・サークル賞:オフ・ブロードウェイ最優秀作品賞受賞

ドラマ・デスクアワード:最優秀演出家賞ノミネート

●「MURDER FOR TWO」
●「ROOMS: A ROCK ROMANCE」
●「THE FOREIGNER」
●「GOLDA’S BALCONY」
●「THE CASTLE」

アウター・クリティクス・サークル賞:最優秀演出家賞ノミネート

●MISS JULIE
●NO WAY TO TREAT A LADY

ちなみに、スコットが獲得してきたアウター・クリティクス・サークル賞とは、ニューヨークの外で活動する新聞、作家、批評家たちの集団によって毎年選ばれる賞です。

Outer Critics Circle

トニー賞のようにブロードウェイ作品だけでなく、オフ・ブロードウェイの作品も対象になっているのが特徴。

日本で有名なオフ・ブロードウェイ作品で、この賞を受賞しているものを例としてあげると「アルターボーイズ」。

2月にまた日本で再演されます。私も観に行く予定ですが、「アルターボーイズ」はオフ・ブロードウェイの最優秀作品賞に輝きました。

ただ、スコットの作品はアウター・クリティクス・サークル賞だけで、ドラマ・デスク・アワードにはノミネートだけでとどまっているようですね。

そして、彼が明らかに500人未満のオフ・ブロードウェイ向き演出家ということがこの経歴で分かると思います。

 

海外の演出家と聞くと皆トニー賞獲ってそうに聞こえるかもしれませんが、演出したオフ・ブロードウェイの新作品は1ヶ月で終了しているし。

ベイ・ストリート・シアターの芸術監督といっても座席299席ですからね。

なぜディズニーがスコット・シュワルツに依頼したのでしょうか...

The San Diego Union-Tribune

 

話を戻します。

では、何を狙ってスコット・シュワルツはエスメラルダが死ぬ展開にしたのでしょうか?

そして、エスメラルダの死の描きた方は?

 

この点については最後にお伝えします!

 

 

つまらなかった理由①:サンクチュアリを生み出せなかった

「身毒丸」に見習う世界観の広さと、スペクタクル

「身毒丸」という蜷川幸男演出の舞台はご存知でしょうか?

「身毒丸 蜷川」の画像検索結果

 

原作は寺山修司です。

蜷川幸男が上演したのは、寺山修司の「身毒丸」を"女寺山修司"と呼ばれる岸田理生が書き直したものです。

この舞台の素晴らしいところは、世界観の広さです。

 

現世とあの世だけでなく、「現世」と「あの世」の「はざま」を描き出します。

 

最終的には、主人公のしんとくと撫子が、あの世かこの世か分からないこの"はざま"へ二人で旅立って行く。

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問題は、この世と、あの世、そしてこの世とあの世のはざまをどう同じ舞台上で表現するか。

ここに演出家の手腕が問われます。

 

蜷川幸雄は異世界から舞台を始めることで、観客に「こういう舞台である」と最初に認識させるとともに、主人公を穴に落としたり、花を舞台上から降らせ続けるなど、美しく、スペクタクルな演出で現実と異世界の移動をスムーズに、違和感なく描きました。

 

 

つまり、演出家スコットも「天国」と「地獄」と「現世」の間を上手につなぐ必要がありました。

そう、スコット版「ノートルダムの鐘」はこの分け方が本当にだめだった。

 

今まで見てきた舞台の中でも、あまり上手くない演出だったと言えばよいのでしょうか。

 

プレゼンテーションでも演出でも同じ:大事なことは最初に!

アニメ版ではサンクチュアリが聖域であると最初に明示している

アニメ版ではちゃんと聖堂が聖域として扱われ、許しを請うものを逮捕することができませんでした。それがカジモドの母親の口から、そしてエスメラルダの口からちゃんと語られたので、聖域と、それ以外の差が明確に生まれていました。

 

 

スコット演出版はアニメ版よりも天国や地獄の存在を明確に示そうとしています。地獄や天国を示すために用いるのが背面の丸いステンドグラスです。

ここが、白く輝いたり、燃え盛るような赤になるのです。

でも、照明と装置の移動だけでシーンを分けるのはあまりに単純すぎます。

ノートルダムは登場人物の「性」と「聖」、ふたつの"せい"を描く物語ですから、第一にこの差を上手に描けないと、あらゆる場面に支障がでてきます。

アニメ版の方が、空間の使い方がうまかったです。

 

 

映画と演劇のちがい

映画ではCGなどを用いて世界観の変化を簡単に示せます。

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一方、演劇では物理的な限界があるために、演出家のスキルが発揮されるのです。

演出家の力量が問われるのは別の世界同士をひとつの舞台上につなぎあわせるスキルです。

覚えておいて下さい。むやみに暗転や装置の移動ばかり使う演出家はスキルを問うべきです。

 

《オペラ「トリスタンとイゾルデ」》

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「身毒丸」では舞台上に橋をめぐらし、最終的には舞台中央、ホリゾンの方へと去ってゆく。

蜷川演出の「王女メディア」までとはいきませんが、こういうスペクタクルな演出がなかったのが残念です。

別の世界への移動が単純な分、そこの世界の区分けもあいまいで、舞台全体にメリハリがなかった。

 

 

 

セリフの状況説明が追い打ちをかける

そして、役者は小説でいう「地の文」をたくさんしゃべっていましたが、「地の文」ってイメージするのに限界があるのです。

そういうのを視覚で感じさせていって積み上げたものが舞台です。そこを見るためだったら原作「ノートルダム・ド・パリ」を読んでますよね?

「notre-dame de paris book」の画像検索結果

 

 

理由はスコットの経歴

でも、これはスコットに経験がないというよりかは、スコットの経歴に関係する気がします。

オフ・ブロードウェイみたいな狭い劇場だと、限界があるのです。私もアングラ育ちの人間なので、いざ演出してみるとなかなか縮こまった演出になってしまうと思います。

舞台上に大きな装置をセットして演出するのも彼にとってはじめてに近い経験じゃないでしょうか。

 

 

解決策

解決策があるとしたらなんでしょう?

スコット版「ノートルダムの鐘」の特に振付はアングラ演劇の匂いが若干しますが、アングラの良さを出すなら、舞台をもっと汚くして良いのです。

暗めの照明でいいんです。もっと鬱々とした、人形小屋のような暗さではじめればいいのです。ジプシーや商人が行き交う暗いパリのイメージ。

いってしまえば、歌舞伎町のような汚い蛍光でいいんです。

そうしたら歌舞伎町みたいな汚い蛍光と、綺麗な照明との差もできますよね?

エスメラルダの精神と、フロローの欲望の差も上手く描けるようになります。

 

同じくヴィクトル・ユゴー作ミュージカル「Les Misérables」には、パリの街の汚さがありますよね。あの汚さがない「Les Misérables」を想像してみてください。

あの汚さが、ジャン・ヴァルジャンの精神の輝きを引き立てるのです。

Archive of Our Own

 

 

まとめると

スコットは、なんか無理やり静謐っぽさを出したり、そこに無理やりアングラっぽさを出そうとしたり、最後にはメッセージに時間を割いたりと、すべて無理やりなんですよ、演出が。

 

綺麗にしたいのか、きたなくしたいのかどっちかにせい!という思いが終始消えませんでした。

こういうあいまいさが、舞台の印象にもつながってしまうんです。

 

じゃんじゃん騒いだ後に、身毒丸となでしこが真っ白な光の中に消えてゆく「身毒丸」のラストシーンはやばいですよ。美に泣きますからね。



つまらない理由②:エスメラルダを軽視しずぎた

映像と演劇の違いを知ろう

演劇と映像の違いはご存知でしょうか。

たとえば、よく英国BBCが放送している「動物たちの神秘な世界」みたいな映像は演劇として上演することは不可能です。

単刀直入にいうと、人間が登場しない演劇って不可能なんです。

 

他にも、あります。これがこの舞台にもかかわってくるのですが、

ある登場人物がかわいい設定だとします。

舞台だとたとえかわいくない人でも、かわいい人「として」見ることができます。

映画だと無理です。「として」見ることが映画だと不可能なのです。

 

 

ただし、演劇の「として見る」が不可能になる場面があります。

つまり、観客を現実に返す瞬間があるのです。

 

エスメラルダって3人の男から興味を持たれる女性ですよね?

こういうことにふと気づくと、我に返って「そういう風には見えない…」となるのです。

 

 

エスメラルダが一番重要な役ということがわからないと、「ノートルダムの鐘」は演出できない

エスメラルダがジプシーの踊り子という「性的存在」から「神的存在」として見させる、このスペクタクルな変貌が「ノートルダムの鐘」の大きな見どころです。

 

アニメ版もそうです。エスメラルダがカジモドを群集によってたかっていじめられているとき、エスメラルダが登場しますよね?

あの登場した場面で流れる神聖な音楽こそ、エスメラルダを本当に象徴する音楽であり、この作品で最終的に描きたいものなのです。

わからない方は、もう一度アニメ版を見てみましょう!

 

 

性から聖へのダイナミズム

「性的存在」から「神的存在」として見させる、このスペクタクル演出がなければ、最後の展開が輝きません。

 

つまり、エスメラルダからカジモドに向けた愛情、そしてカジモドがエスメラルダに抱いた感情さえも曖昧なままに終わります。

 

「優しくて良い女性」で終わってしまうのです。

 

 

エスメラルダの死はカジモドを超えたところにある

スコットがミスしたのは、エスメラルダの死を崇高に描かなかったことです。手に触れられるような些細な死の演出をしてしまった。

カジモドが「エスメラルダは死んだよ」といった瞬間に、エスメラルダの魅力は消え失せますが、そこから「ノートルダムの鐘」で最高の死の演出をしなければ、エスメラルダの体は単なる死体になってしまうのです。

エスメラルダの魅力的な体が、聖域へと迎え入れられる。この演出が一番重要なのです。

そして、

 

エスメラルダの死を崇高に描かなければ、カジモドの死もまったく美しくなくなる。

 

この論理分かりますでしょうか?

「優しい女性の亡骸」にすがって死ぬカジモドほど滑稽なものはないのです。

 

 

そもそもこの作品で伝えようとしたことは?

また、カジモドの立場からエスメラルダの喪失感を味わうように作られているという指摘もあるかもしれません。特に、最初の普通の役者がカジモドになってゆくのは、観客にカジモドへの共感をさせるため、つまり我々もカジモドのようになり得ることを示しているという考えもあるかもしれない。

しかし、この舞台が観客に必死に伝えようとしているメッセージは果たして本当に正しいものなのでしょうか。



つまらない理由③:テーマが古い

こういう一見完璧そうでも心から感動できない舞台の批評の仕方をお伝えします。

「ノートルダムの鐘」なかなか批評に苦しむ舞台だと思うのです。

実は、Twitterやブログに掲載しているミュージカル「ノートルダムの鐘」評のほとんど99%は、劇団四季の役者について書かれています。

スコットの演出に書いたものはあるのでしょうか?

 

 

アメリカのスコット版「ノートルダムの鐘」レビューについて

この舞台を鑑賞後、たぶんインターネットで読むことができる、ありとあらゆる海外のレビューを読みました。

「Disney's Staging of The Hunchback of Notre Dame Is Like Every Other Musical You've Seen」LA WEEKLY

「Theater review: ‘Hunchback’ at Ogunquit Playhouse a moving and masterful show」Portland Press Herald

「Review: ‘Hunchback of Notre Dame’ at Paper Mill Playhouse」New York Times

「'The Hunchback of Notre Dame': Theater Review」Hollywood Reporter

「'Hunchback of Notre Dame' review: Disney's dark side」New York Daily News

「Theater Review: Disney's 'The Hunchback of Notre Dame'」Variety

 

この他にも目を通しています。

海外のレビューでは、役者に注目したものは逆に少なく、スコットの演出、メンケンの音楽に触れたものが多い。

状況を説明するようなセリフが多すぎるという指摘もその通りですが、最も興味を持った意見が。

 

「よく考える大人にはテーマが浅いが、子供にはよく分からない舞台だ。」

 

まさにその通りだと思います。

あなたの意識(偏見)が障害(モンスター)を生み出す。というメッセージは、大人に伝えるには少し浅すぎる。

 

一段上のレビューがしたいなら、舞台の設定そのものを疑ってみよう!

逆に、カジモドが民衆から受け入れられる舞台を想像してみてください。

つまり、ディズニーアニメーション版「ノートルダム」のことです。

 

こういう展開でも現代で違和感なく成り立つのだとすれば、むしろスコットのメッセージが果たしてことさら強調して伝える必要性があるのかどうかを考えるべきなのです。

私の場合、「意識(偏見)が障害(モンスター)を生み出す」というテーマを現代の今日、ミュージカルでことさらに強調する必要性があったの?という問いは決して拭い去ることができませんでした。

作品全体に共通する、何か拍子抜けした感じは、そもそも作品の根幹となるテーマ性に疑問をいだいていたからだったのです。

だから、海外メディアのレビューでは、「散漫だ」「だれに向けた作品なのか分からない」「子どもには難しいし、作品から何かを学び取ろうとするような大人には物足りない」と言われるのです。

 

 

モダンとポストモダンの違い

この舞台を見ているときに

「この舞台、健常者にしか見せられないな」

と感じました。

観客を受け入れる作品の器の狭さを感じたのです。

あなたなら見せられます?

極端に言えば、本当は白人なのに黒く塗られているだけなのですよ?と観客に語りかける舞台ですよ?

白人が基準になっているように思わせる、この絶対値を前提にして批判を繰り返し、頂点へとたどり着く。これがアートでいえば1960年代まで続いていたモダンの流れです。

こういう物語の背景にある文脈を読み取るのはとてもディズニーはうまい。

アニメ版が死なせない展開になったのは、単にエスメラルダもカジモドも死ぬなんて子どもが見る作品にふさわしくないなんてちっぽけな考えではないと思うのです。

障害者であるカジモドも、判事であるフロローも、結局同じ人間じゃんという現代的な視野に立って原作の展開を変えているのです。

 

「ズートピア」の斬新さとは?評価される理由

この作品と同様に、ハンディを持った生き物が集まってひとつの社会を共存しているアニメってご存知ですか?

そうです。「ズートピア」です。

 

 

その前に、メンケンのミュージカル「ノートルダムの鐘」に寄せたメッセージをご紹介します。

「自分とは違う人々を受け入れることの必要性、自己犠牲や人種差別は間違っているというメッセージ。例えば、今の世の中ではSNSなどで偽の情報があたかも事実のように出回っているが、『ノートルダムの鐘』でもフロローが嘘の情報を流して追い詰めていく。現実にも、そうした悪意のある情報を流す人や、そこに無責任に便乗してしまう人もいるだろう。これは決して過去の物語ではなく、いつの時代にもタイムリーで普遍的な要素を持つ作品なのだ」。

"『美女と野獣』の作曲家アラン・メンケン、劇団四季「ノートルダムの鐘」を語る" シネマトゥデイ

でも、メンケンの発言と、「ズートピア」で描かれている世界は全く逆です。

本来動物の世界では弱者と強者がはっきりと区別されています。

しかし、この「ズートピア」の世界では、強いか弱いか、優れているか、劣っているか、などの基準がない。

強いものでもよく考えれば弱いところがあるし、弱いものでもよく考えればつよいところがある。

受け答えの遅いナマケモノでも受付をするし、ちっちゃなウサギでも見事な捜査ができる。

途中で力の弱いものが知恵を出して、力の強いものを取り締まろうとしますが、結局うまく行かない。

みんな同じ生き物じゃんという終わり方をします。

「ズートピア」は現代の状況を克明に、しかも予言するように描いています。

つい先日、トランプ大統領が入国審査強化の大統領令に署名しました。

 

潜在的な脅威を持つだろう人間を全て逮捕する。

 

この展開どこかで見たことありませんか?

アカデミー賞で99%「ズートピア」が長編アニメーション賞を受賞すると私が思う理由は、「ズートピア」が未来を予言してしまったからです。

 

電車で隣に座る人が私とは違うのと同じレベルで、カジモドとあなたは違います。

私とあなたには、埋められない深淵があります。

違うから、相手を差別したり、攻撃したり、そして協力したりしようとするのです。

こういう、現代の問題に根付いた作品であれば、

「What makes a monster, and what makes a man?」

という問いを最も響かせることができたのでしょう。

 

言ってしまえば、スコットの演出は正しいことを言うようにして、事実を隠してしまったのです。

 

 

スコットの考えを生かしたいなら

で、もしカジモドにスポットを当てたいなら、F・スコット・フィッツジェラルドの「グレートギャツビー」方式を獲らないといけません。

カジモドは勇気を出してエスメラルダを助ける。でも、殺される、エスメラルダはカジモドを嘆くけれども、現実を生きる。みんなカジモドを忘れるが、第三者の語り手の記憶に残る。もしくは、観客が第3者の役割となって、「オペラ座の怪人」のラスト、舞台上に仮面が残されるように、カジモドに関係するものがポツネンと残る。

ダウン症の子供を扱った映画「チョコレート・ドーナツ」もこの手法をとっています。

 

他にもある

また、最後は花道にひとりぽつねんとカジモドを歩かせるなど、こっち側に来させるみたいな演出は無理だったのかなと思います。

最後は役者の説明的なセリフで終わるので、無理と思う人もいるかもしれませんが、野田秀樹「赤鬼」のラストのように、カジモドをポツネンとさせながら、状況的なシーンで説明する方法もあります。

 

最後に:賞味期限は半年

正直、東京公演が6月までということは、役者と話題性だけで作ったミュージカルの賞味期限は半年しかないという四季の考えだと思います。

 

 

では、逆にこの舞台を観に行くひとつの理由とはなにか

「ノートルダムの鐘」を観に行くひとつの理由

私がもう一度スコット版「ノートルダムの鐘」を観に行くとすれば、それは飯田達郎さんの「Out There」を聴くためです。

 

とにかく飯田さんの「Out There」は素晴らしかった。

飯田さんの演技には私がこの舞台に足りないと感じた「汚さ」と「神聖さ」を感じることができました。

 

では飯田さん一人のために、9,000円を支払うことができるのか?

 

私は喜んで支払います。

 

ああだこうだ言いましたが、飯田さんのカジモドは本当に良かったです。

ミュージカル俳優というより、演技のものすごく上手い俳優が、歌も歌えるというイメージ。

アングラな匂いもする。泥臭さがある。どんなに汚れた演出も、痛そうな演出も喜んで受け入れる。そして、自分のものにしてしまう。

役者としての器の大きさがあります。

スコット、飯田カジモドをもっと生かしなさい!という思いを抱えながら終始観ていました。

海宝さんの方がチケットの売れ行きは良いでしょう。歌に酔いしれることもできるし、かっこいい。

でも、私は飯田カジモドを観られて良かったと思いました。

 

東京公演は6月25日(日)まで

6月25日まで四季劇場秋で上演中。チケットも千秋楽まで販売しています。

公式HP

私のレビューが全て正しいわけではないと思います。観たらぜひ素直な感想をSNSなどに載せてみてください。

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