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【感想】「ベイビー・ドライバー」の評価が高く、そして美しい理由 | いくら語っても語りすぎることのない作品


エドガー・ライト監督の新作「ベイビー・ドライバー」。アメリカでは6月、日本でも8月19日より全国の映画館で公開。

評価が高く、すでに続編の製作も検討されているよう。

 

映画 ベイビードライバー2 続編の公開日についてエドガー・ライト監督が語る!

 

私も昨日鑑賞し、心から感動した。

MOVIX系での公開で、映画館数としては多くない作品。しかし、もっと大々的に公開して欲しいと思うほどの内容。

 

そこで、今回は「ベイビー・ドライバー」の感想をご紹介します。

 

 

「ベイビー・ドライバー」の感想 あらすじ含む

 

ベイビーに共感させる方法が上手い

 

観客を安心させる落とし穴と策略

ベイビーの聴く音楽に合わせた予定調和的ストーリー

映像はミュージカルのように、ベイビーの聴く音楽に合わせて展開される。

人の動きや車のアクション、つまり作品自体が最初はベイビーの行動と一体化している。

主人公ベイビーが聴く音楽=ベイビーの望む世界」という予定調和的なストーリーが続いてゆく。

 

物語は観客をベイビーのリズムに合わせる

例えばデボラと訪れたコインランドリーでは、二人の甘い恋心を象徴するかのうように、洗濯機の中にはカラフルな衣装が回っている。

血なまぐさい現場を見たくないベイビーの心境を表現するように、映像はカーアクション以外を見せない。

ベイビーはすべての音を録音してミックスし、ベイビーの理解できる世界へと解釈させている。

こういう演出によって、観客はベイビーの視点に立つよう促される。

しかし、物語がベイビーの聴く音楽に最後まで従っていたらここまでの評価は得られなかっただろう。

観客を「ベイビーの思い通りに進む」と安心させるエドガー・ライト監督の演出が、作品の出来に関係してくる。

 

 

予定調和が崩れる上手い展開

しかし、デボラが現れ、しばらくすると。ベイビーの世界に乱れが生じる。それは、iPodの音楽が乱れるシーンに象徴されている。ベイビーの聴く音楽と一緒に動いていた世界が、急に静かになる。

強盗のシーンでも血が映し出され、血生臭くなってゆく。

ベイビーの思わぬところで世界が動きだしたのだ。

 

ベイビーの視点で作品を見ることを耳からも目からも強要されていた観客は、ベイビーが今まで見ようとしなかった世界に直面するのと同じスピードで、映画の行く先がわからなくなる。

ストーリーの半分をかけて描いたベイビーの予定調和的な世界観は、急に崩壊する。

これが、映画途中からのサスペンス感、ハラハラ感につながっている。

 

 

「ベイビー・ドライバー」の美しさ

最後の展開を見てゆきたい。

「気狂いピエロ」を彷彿

逃避行的なテーマはゴダールの「気狂いピエロ」を彷彿とさせる。それは、ベイビー役を演じるアンセル・エルゴートの決して2枚目とは言えない顔がジャン=ポール・ベルモンドとダブるからかもしれないし、盗んだ車で逃げ出し、もう社会には戻れない終末的な展開のせいでもある。

車を盗んで逃げるベイビーとデボラは、このままどこかへ逃げのび、ひっそりと暮らす。

もしくは、永遠に続く道のりを走り続ける姿で映画が終わる。こういった展開も美しい。というか、本来彼らはそうしようとしていた。

しかし、今まで何度もデンジャラスな場面を乗り越えてきたベイビーは、自ら警察に捕まるという現実的な決断を下す。

結果的には25年の懲役刑、今までのベイビーの境遇や親切心が幸いし5年を経て仮釈放されることが決まる。

ベイビーが刑務所を出るとデボラが待っている。そのシーンが夢のように綺麗なのだ。

 

ラストにかけての映画の美しさは、ベイビーが車で目覚めてから捕まるまでの展開を考察すると明らかになる。

 

ベイビーが自ら捕まった理由

デイビーとデボラが逃げのびて隠れて暮らすことも、このまま走り続け破滅の道へ進んでゆくのも、罪のないデボラにとって本当に彼女が望んだ道ではない。

さらに、ベイビーにしても、罪をかぶり続けるのは本意ではない。

ベイビーの本意には、善良な心が傷つくと同時に、家庭内の暴力や暴言で母を殺すにまで至った父親と自分自身の姿がかぶるという、また別の罪の意識があるのだ。

 

2つの罪の意識ゆえに自ら警察に捕まったベイビー。

 

こうベイビーの心を変えたのはまさしく母の崇高な声だ。

バディの銃弾によって耳が麻痺したベイビー。バディを倒した後に、デボラの運転する車で目覚めた時に流れる音楽は「MOM」と書かれたテープからのもの。

 

まだ耳の麻痺が残り、曇ったように聴こえる歌は、とても美しい。

まるで海から顔を出した時のように。

 

これは、いつもベイビーが耳鳴りを消すために聞いていた音楽ではない。麻痺した耳に聴こえるのは、耳鳴りを消すために聴く「栓」としての音楽ではなく。正真正銘の母の声だ。

観客はここでようやくベイビーの耳に戻る。しかし、ベイビーとともに耳にする音楽は、ストーリー前半のベイビーが聴く予定調和的なサウンドではない。

ベイビーが感じている「果てしなく広がる崇高な母の声」だ。

 

愛とは、「何もないところ」から出現する

そして、ベイビーは5年の刑期を終え、仮釈放で刑務所を出る。刑務所の出口でベイビーを待つのはデボラ。

この展開にドストエフスキーの「罪と罰」を私は思い出した。

スロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジェクは、ラカン分析を記した著書「快楽の転移」で、愛についてこう語る。

真実の愛は、愛とは別の非性的な目的が愛を励ますといった「相手との関係」があってこそ、はじめて現れる。愛とは、現実からの答えであり、予測不可能なものなのである。愛は、その行く先を定めたり操ったりする試みをすべて拒否するときにのみ、「何もないところ」から出現する。

 

「ベイビー・ドライバー」は真実の愛を見つけるベイビーの物語である。

真実の愛が美しくないはずがないように、「ベイビー・ドライバー」もアクション映画でありながら非常に美しい作品なのだ。

 

追記

暗い過去を抱える一人の青年。裏では強盗のゲッタ・アウェイ・ドライバーとして働き、しかし心は善良で、いつかはこの仕事を辞めるべきだと思っている。車のスキルは抜群で、どれだけ警察が追っても捕まることはない。

こういうありがちな属性をストーリーが進むにつれ崩してゆく作業も良かった。

 


 

他にも魅力を挙げるとすれば「ベイビー・ドライバー」のキャストは皆素晴らしい。

アカデミーやゴールデングローブの受賞経験を持つケヴィン・スペイシーやジェイミー・フォックス、ジョン・ハムはもちろん、ダーリン役エイザ・ゴンザレスが良かった。

悪い男の彼女役で、ビッチさとクールさを兼ね備えていて本当に演技が上手い。そして美しい。

 

デボラ役のリリー・ジェームズは「シンデレラ」「ダウントン・アビー」とはまた違う今時の女の子デボラ役。年を重ねた感じもなく、相変わらずの可愛さだった。

 


 

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